■【根本原因は文明病】
一日寝て起きても疲れが取れず、体がだるい。会社に行っても仕事に集中できず、ミスしてしまう。なんだか能率が悪いと感じる。内臓脂肪が増えて、メタボリックシンドロームと診断されてしまった――。高度に発展した現代においてさえ、私たちはこうした問題を解決できないでいる。その大半は「文明病」に起因するものであり、個人の意志の弱さや性格に原因があるわけではない。
現代病と進化論の関係を説いたミシガン大学のランドルフ・ネシー博士の有名な論文にある「進化医学」という観点から、その解決法を探っていく。進化医学とは、ダーウィンの進化論と最新医学の知見を組み合わせた学問で、「ダーウィニアンメディスン」とも呼ばれる。
人類はわずか1〜2万年前に農耕生活へ移行するまで約600万年ものあいだ、狩猟採集生活を営んでいた。古代ではカロリーは非常に貴重な資源だったので、人類は自然と高カロリーな食事を好むように、みずからの脳を進化させた。だが飽食の時代となると、今度は高カロリーな食事を好む脳をうまく調節できず、それが肥満につながっている。
やせたくてもつい高カロリーな食事を選んでしまうのも、人類の体に古代から染みこんだ遺伝的な性質が関係しているという。意志の弱さが原因だと安易に考えていては、的を射たアプローチはできない。
■【肥満に立ち向かうのは時間の無駄】
肥満の原因は意志の弱さでも何でもなく、人類の進化と現代社会のミスマッチにあるといえる。意志の力だけで「肥満」に立ち向かっても、時間のムダになりかねない。
文明病を解決するためには、まず自分が抱える問題の遺伝的なミスマッチを特定し、そのミスマッチを起こしている環境を修正することが必要である。
まず自分が抱える問題のどこに遺伝的ミスマッチがあるのかを特定し、次にミスマッチを引き起こしている環境を、自分の遺伝的特徴に適したものへ修正していく。この2つのステップを踏むことで、現代人にありがちな不調のほとんどは解決できる。
現代人の問題は大きく「炎症」と「不安」に大別できる。炎症を防ぐうえでもっとも手軽でメリットが多いのは自然との接触を増やすことであり、不安に対処するうえでもっとも重要なのは価値観を固めることだ。
■【謎の体調不良の正体 炎症】
2016年に慶應義塾大学医学部のチームが調査したところ、100歳を超えてなお脳や体のパフォーマンス低下が見られないスーパー高齢者は、体の炎症レベルが非常に低いことがわかった。これは逆にいうと、体内の炎症レベルから老化のスピードは予測できるということである。
炎症とは、体がなんらかのダメージを受けたときに作動する防御システムだ。転んでヒザを擦りむくと、ケガをした部分がジクジクして皮膚が赤く腫れ上がる。これはケガを修復しようと免疫システムが働きだした証拠だ。
こうした炎症が起きるのは体の表面だけではない。たとえば風邪をひくと、発熱や鼻水などの諸症状が引き起こされるが、これも一種の炎症といえる。
だが現代人の炎症には、自覚症状が出ないものもある。「内臓脂肪」がまさにそれだ。内臓脂肪は人体にとって異物でしかない。そのため人間の体は、内臓脂肪が増えると免疫システムを作動させる。
血管や細胞は脂肪細胞が分泌する炎症性物質で傷つき、それが動脈硬化や脳梗塞の引き金となる。そして「メタボリックシンドローム」になっていく。
■【炎症への対策】
炎症の対策としてもっともおすすめしたいのが、自然との接触。劇的にストレスが下がるのはもちろんのこと、大気のなかにふくまれる細菌が腸内環境に良い影響をあたえ、自律神経が整って睡眠の質が高まる。しかもデジタル機器を触る時間も減らせる。費用対効果としては最高クラス。
次に炎症に効くものとしてデータが揃っているのが人間関係と食物繊維。友人づくりはすぐにできるものではないかもしれないが、食物繊維の摂取量を増やすことは即効性が高く、変化を実感しやすい。
また当然のことながら睡眠と運動も重要である。
■【古代と現代の不安の違い】
「不安」は誰もが感じうる日常的な感情だ。紀元前5世紀にヒポクラテスが書いた文書にも、現代の「社交不安障害」に似た症状の描写が登場することから、長きにわたって人類は不安とつきあってきたことがわかる。
ただし2017年にWHOが世界26カ国でおこなった調査によると、不安障害の発症率には地域差があるという。近代化の進んだアメリカやオーストラリアの発症率が8%前後だったのに対して、ナイジェリアなどの発展途上国の発症率はわずか0.1%に過ぎなかった。
原始的な社会では、不安への対処は非常にシンプルだ。猛獣に襲われた場合は戦うか逃げるかの二択しかないし、食糧がなければ探し回るか飢えをガマンするしかない。そういう意味では解決方法が明確な、「はっきりした不安」だといえる。
そのいっぽうで現代の不安は複雑だ。たとえば年功序列から実力主義へと移行した企業では、かつてないほど仕事へのプレッシャーがふくらみ、転職するかどうかも簡単に決断できない。またSNSのおかげでコミュニケーションの利便性は向上したが、心理的ダメージを受けることも増え、対人関係の不安が常につきまとう。こうした不安は解決方法が明確ではなく、「ぼんやりした不安」だといえる。
【不安はアラーム機能】
人類にとって、「不安」は重要な機能のひとつだ。たとえばサバンナで目の前の茂みが動いたら、猛獣の存在を警戒しなければならない。そんなとき不安はアラームとしての役割を果たしてくれる。
しかし現代において、猛獣の脅威から逃れる必要はほとんどない。逆に「ぼんやりした不安」に対してアラームが誤作動を起こすと、非常ベルが鳴りっぱなしの状態になってしまう。
では「ぼんやりした不安」とはいったい何に対する不安なのだろうか。その正体は「未来」に対する不安である。まだ起こっていないし、現実に起こるとも限らないが、遠い未来の可能性に対して、私たちは不安を抱くのだ。
もともと人類の「不安」というアラーム機能は、遠い未来に対してではなく、目の前に差し迫った危険に対して作動するものだった。ところが農耕社会へ移行するなかで、長期的なスパンで物事を考えるようになると、そこから遠い未来に対する不安が生まれた。
「炎症」も「不安」も、どちらも現代人のパフォーマンスを著しく低下させるものだ。これらはそれぞれ独立した問題ではなく、たがいに影響を与えながら症状が悪化していく。パフォーマンス低下を防ぐためには、こうした悪循環を断ち切る必要がある。
■【不安への対策】
不安を解消するうえで、なによりも優先しておこなうべきは「価値の設定」だ。自分の価値観を固めておかないと、どんなテクニックも効果が半減してしまう。
価値観が定まったら自己分析メソッドを通して、自分にとってなにが重要なプロジェクトなのかを見極めつつ、毎日の計画を定めて実行しよう。このとき月に1~4回ほどのレビューをおこなう。またすべてにおいて遊び心を忘れないように。
中長期的には「畏敬」と「マインドフルネス」(=自己観察)のメンテナンスをおこなうことも大切だ。畏敬の念を維持するうえでは、大自然に触れるのがもっとも良いが、時間がなければ質の良い小説や映画に触れるのも効果的である。このときのポイントは、自分の理解を少しだけ超えるものを選ぶことだ。
マインドフルネスは自分が続けやすい手法であれば、しっかりした瞑想でなくてもかまわない。どの手法を選ぶにせよ、もっとも重要なのは日常にマインドフルネスの感覚を溶けこませることである。
いずれにせよ困ったときに考えることはひとつ、「この問題における進化とのミスマッチとは何か」だけである。つねにヒトの根本に立ち返って考えるかぎり、道に迷うことはない。